名古屋入管(浜松豊橋出張所)へのVISA在留資格在留カード申請代行、外国人雇用のサポートを行う開業20年の愛知県の行政書士事務所です

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    お知らせ&業務週報

    北海道道北と東京訪問雑感

    9月に北海道の道北、10月に東京に出張、日本の広さや人口減少や経済そして外国人受け入れについての違いや温度差を実感したので今回はその感想を。 北海道は例年8月に避暑に訪れることにしているのですが今年は飛行機もホテルも取れず1ヶ月遅れに。それでも本土は今年9月に入っても猛暑続きでしたので気候的には全く快適でした。網走市、長州力の「食ってみな、飛ぶぞ」の名言でで有名な猿払村(苦笑、稚内市、羽幌町、旭川市をレンタカーで回ったのですがやはり日本離れした広さと人口の少なさを感じましたね。それでもふらっと入った和食屋でミャンマー人が接客係で働いていたり、誰もいない田舎道をヒジャブを付けたインドネシア人の労働者が歩いていたり外国人の受け入れが以前より進んでいる様子、こういう人口減少や人口流出が止まない地方こそ外国人労働者も外国人住民も必要なのでしょうが北海道の冬の寒さに東南アジア出身の外国人が耐えられるのだろうかとちょっと心配してしまいました。厳冬期にもう一度訪れて確認してみたいと思います。 東京も外国人旅行客にホテルを奪われ予約がなかなか取れず久々の訪問。コロナ禍に訪れた時は外国人旅行者が消滅しゴーストタウンみたいな感じでしたが今回はV字復活というか逆に外国人旅行者だらけで観光公害や外国人排斥運動が盛んになるわけだと思わされました。 初日に知人に歌舞伎町や新大久保の辺りに連れて行って頂き韓国料理をご馳走になったのですが30年前の不夜城、中◯人マフィアの跋扈する危険なイメージとは打って変わって外国人観光客のおかげで観光地化しており夜でも安心して歩けて逆にビックリ、インバウンド推進の好事例だと思いましたがいかがでしょう。 翌日は銀座で行われたブラジル映画週間(BRAZIL FILM WEEK)というイベントに参加、以前から観たいと思っていたブラジル映画「セントラル・ステーション (Central do Brasil)」が観られて大満足、300席ほどある大きな映画館だったのですが7~8割ほど席が埋まっていて東京都民の多文化共生への関心と民度の高さが伺えました。 東京も人口は減少しているのかも知れませんが外国人旅行者や労働者が押し寄せているので人口減っている感じはしませんし、逆に私が住んでいた30年前と変わらず過密な感じ。地方にも外国人が押し寄せているのかも知れませんが日本人の人口減少が激しすぎて人の減り方が明らかに進んでいるという感想を持ちましたがいかがでしょう。昭和の日本人も気候やインフラが整って住みやすく、よい雇用や仕事のある東京を中心とする太平洋ベルト地帯に集住しましたが令和の外国人の同じ傾向があるように感じました。 北海道、東京でお会いできた人たちに感謝申し上げます。【業務月報2025年11月】 関連記事: 脱中国のインバウンドビジネスを考える 日本国から日系4世へのクリスマスプレゼント 2年半ぶりの沖縄訪問 踊り場の外国人労働者受け入れ 普遍化した外国人雇用と陳腐化した日本の在留資格 鎖国もまた良し、不況もまた良し 超円安下に超ペソ安のフィリピン出張 外国人技能実習生の失踪激増とやむ転容認

    外国人との多文化共生社会の実現には長い時間がかかる

    先日は私が住む街で行われた「日伯交流130周年記念イベント」に参加。大げさなイベントタイトルが付いていますが、ブラジル人的にはブラジルの子供の日Nossa Senhora Aparecidaのイベント、会場が何故か競輪場でちょっとシュールな感じがしましたがなかなか楽しめました(苦笑。 愛知県は日本語が要らない割に賃金の良い自動車関係の雇用が多いため1990年に入管法を改正し労働力として受け入れた日系ブラジル人が集住していて、特に豊橋市には8千人を超えるブラジル人の方たちが住んでいるのですね、ピークだったリーマンショック直前の1.3万人からはだいぶ減ってしまいましたが。 しかし以前と比べればトラブルや犯罪もだいぶ目立たなくなりましたし、以前多かった子弟の教育問題もブラジル人学校や市の教育委員会の尽力のおかげでほぼ無くなりましたし安定した助け合い精神の強い良い感じのコミュニティーになったと思います。 コロナ禍が終わってから外国人の受け入れが再開され訪日外国人旅行者も外国人労働者も急激に増えすぎて外国人に関するいろいろな軋轢や摩擦が日本全国で起き社会問題や政治マターになっていますが、そもそも1990年に日系人の受け入れを日本が始めたきっかけもその前の80年代に不法滞在外国人の不法就労や凶悪犯罪や当時ボートピープルと呼ばれた偽装難民問題、中国人による偽装留学問題などがあっての事ですから歴史は繰り返すというか日本の外国人受け入れ政策が当時と比べ進歩していないということでしょう。 日系ブラジル人を受け入れた当初も騒音やゴミ出し、車の路上駐車などの生活トラブルや犯罪、子弟の不登校や非行などの問題が噴出した時も、当時の政府や自治体は「ブラジル人と多文化共生しましょう」みたいな事を言ってましたがあれは効果があったのか、今思うと馬鹿の一つ覚えの念仏だったような感じがしますが。 ブラジル人コミュニティーが落ち着いたのも受け入れから35年経って移住3代目の世代に、日本生まれや日本育ちのブラジル人も増えて日本社会とだいぶ統合というか同化が進んだのが一番の原因だと思いますがどうでしょう。 日本にルーツや縁が有り家族帯同可能で永住許可も優遇されている還流移民の日系人でさえ日本社会に馴染むまでこれだけ長い時間がかかったわけですから、今日本で増えている言葉も宗教も違う全くの外国人が日本に馴染む、日本側から言うと多文化共生できるようになるまでには相当の時間がかかるのではないでしょうか、三代日本に住んでもらってようやく日本に慣れ馴染むくらいの感じでしょうか。 外国人との多文化共生社会の構築が数年で達成できるものでは無いことを理解していただければ幸いです。リンク先も良記事ですから参考にしてみてください。【業務月報2025年10月】 関連記事: 外国人を日本に定住定着させるには 外国人の生活保護受給は日本の外国人雇用の矛盾のしるし 日本国から日系4世へのクリスマスプレゼント 外国人増え過ぎで入管処理パンクという悲喜劇 再再再申請でようやく下りた在留資格認定証明書 定住外国人の生活保護受給叩き再び 少子化でお笑い化する日本の教育産業 外国人技能実習生の失踪激増とやむ転容認

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